雑。ストーンズ。
2009/07/23 Thu [Edit]
今年はミュージシャンの訃報が多い、と感じるのは気のせいなのだろうか。
アベフトシも亡くなった。ギタリストの死、というのも考えさせられる事が多い。
訃報のブログになってしまいそうなので嫌だが。
一人の人間があるチームに参加する事で、巨大な推進力になって爆発していく。
そんな事があるという良い形だったか。
彼があのバンドで披露したギターの「アイデア」を興味深く聴いていた。
合掌。
意志と、アイデア。
この二つだ。
僕はニューウェーブとは
「どう黒人音楽と渡り合うか」だと思っている。
そういう意味では60年代も、70年代も、80年代も、90年代も
やって来た事は同じだ。
ブルースと、ソウルと、レゲエと、ジャズと、ヒップホップと、
どう渡り合うか。
その火花が新しい奇妙な音楽を生む。
ちょっと前の「ニューウェーブ・リバイバル」などと言って、
ギャングオブフォーとかの死肉を喰ってても意味は無いのだ。
彼らがどんな構えで黒人音楽と渡り合ったのか。
それが気になるのだ。
その「渡り合い方」を愛しているのだ。
ストーンズ。
この「真っ黒」な屈指のドラマー。
「真っ黒」で、金髪のリズムギタリスト。
その推進力はビートルズの演奏力にも負けていなかったのだろうな。
そのリズムギタリストを切り捨てても、
なおも進んでいけるだけのアイデアを
このボーカリストとリードギタリストは持っていた、という事か。
黒人音楽の光を常に全身に浴びながら
生きてきたバンド。
黒い光をどうやって、どれだけ浴びようか。
そんなことばかり考えている。
アベフトシも亡くなった。ギタリストの死、というのも考えさせられる事が多い。
訃報のブログになってしまいそうなので嫌だが。
一人の人間があるチームに参加する事で、巨大な推進力になって爆発していく。
そんな事があるという良い形だったか。
彼があのバンドで披露したギターの「アイデア」を興味深く聴いていた。
合掌。
意志と、アイデア。
この二つだ。
僕はニューウェーブとは
「どう黒人音楽と渡り合うか」だと思っている。
そういう意味では60年代も、70年代も、80年代も、90年代も
やって来た事は同じだ。
ブルースと、ソウルと、レゲエと、ジャズと、ヒップホップと、
どう渡り合うか。
その火花が新しい奇妙な音楽を生む。
ちょっと前の「ニューウェーブ・リバイバル」などと言って、
ギャングオブフォーとかの死肉を喰ってても意味は無いのだ。
彼らがどんな構えで黒人音楽と渡り合ったのか。
それが気になるのだ。
その「渡り合い方」を愛しているのだ。
ストーンズ。
この「真っ黒」な屈指のドラマー。
「真っ黒」で、金髪のリズムギタリスト。
その推進力はビートルズの演奏力にも負けていなかったのだろうな。
そのリズムギタリストを切り捨てても、
なおも進んでいけるだけのアイデアを
このボーカリストとリードギタリストは持っていた、という事か。
黒人音楽の光を常に全身に浴びながら
生きてきたバンド。
黒い光をどうやって、どれだけ浴びようか。
そんなことばかり考えている。
マイケルも死んでしまった。
2009/06/28 Sun [Edit]
プロフェッショナルの死。
まずそう思った。
メンバーに借りた『ライブ・イン・ブカレスト』を見た時は
本当に驚いた。
この男はきっと異常なほど、完璧主義でプロフェッショナルな人間なのだな、と思った。
ずばぬけた歌唱力とリズム感を持ち、
それを自分の肉体だけで表現するというエンターテイメント。
これは完璧だと思った。
ミュージシャンが、ミュージシャンだけにとどまらない。
そのとき、初めて”ポップスター”と呼ばれるのかもしれない、と思った。
「ミュージック」の部分だけでも大きな能力を持っている人間が、
さらに踊りとショウの部分でも超一流の能力を持ち、
かつそれを生のライブで見せる。
そこまで出来れば、誰も文句は無いだろう。
そう思った。
今は「ミュージック」の部分が皆無でも
”スターらしきもの”にはなれるようになった。
出来の悪いマイケル・コピーがたくさん生まれた。
それはそれで、皆楽しめているようだ。
何しろ不況だ。粗悪なコピーでも安価なものが好まれる。
そんなものだろう、と思っていた。
でもマイケルのライブを見ると、
「これを見た後では、ペラペラなコピーじゃもう耐えられんなー」と
ホントに思った。
きっとあれだけの完璧主義な人間なのだから、
昔のあのステージを再現する、くらいの気合を持っていたのだろう。
僕はスキャンダルや整形には全く興味もない。どうでもいい。
むしろ彼は普通に病気だったんじゃないか?と思う。
そんな体で、往年のステージを取戻そうとすれば、
当然あのような悲劇が起きてもおかしくないな、と
マイケルの事を何も知らないグラビアアイドルが
トンチンカンなコメントするテレビを見ながら、
思った。
それは、エンターテイメントのプロフェッショナルの死だ。
僕はそう思いました。
次々と、本物が失われていきます。
粗悪なコピー品だらけの世の中にならないように、
残された連中は頑張らねば。
合掌。
まずそう思った。
メンバーに借りた『ライブ・イン・ブカレスト』を見た時は
本当に驚いた。
この男はきっと異常なほど、完璧主義でプロフェッショナルな人間なのだな、と思った。
ずばぬけた歌唱力とリズム感を持ち、
それを自分の肉体だけで表現するというエンターテイメント。
これは完璧だと思った。
ミュージシャンが、ミュージシャンだけにとどまらない。
そのとき、初めて”ポップスター”と呼ばれるのかもしれない、と思った。
「ミュージック」の部分だけでも大きな能力を持っている人間が、
さらに踊りとショウの部分でも超一流の能力を持ち、
かつそれを生のライブで見せる。
そこまで出来れば、誰も文句は無いだろう。
そう思った。
今は「ミュージック」の部分が皆無でも
”スターらしきもの”にはなれるようになった。
出来の悪いマイケル・コピーがたくさん生まれた。
それはそれで、皆楽しめているようだ。
何しろ不況だ。粗悪なコピーでも安価なものが好まれる。
そんなものだろう、と思っていた。
でもマイケルのライブを見ると、
「これを見た後では、ペラペラなコピーじゃもう耐えられんなー」と
ホントに思った。
きっとあれだけの完璧主義な人間なのだから、
昔のあのステージを再現する、くらいの気合を持っていたのだろう。
僕はスキャンダルや整形には全く興味もない。どうでもいい。
むしろ彼は普通に病気だったんじゃないか?と思う。
そんな体で、往年のステージを取戻そうとすれば、
当然あのような悲劇が起きてもおかしくないな、と
マイケルの事を何も知らないグラビアアイドルが
トンチンカンなコメントするテレビを見ながら、
思った。
それは、エンターテイメントのプロフェッショナルの死だ。
僕はそう思いました。
次々と、本物が失われていきます。
粗悪なコピー品だらけの世の中にならないように、
残された連中は頑張らねば。
合掌。
誠意ある音楽
2009/06/17 Wed [Edit]
緊張感を持たせてくれるような言葉が好きだ。
胸にナイフを突きつけるような言葉が好きだ。
それは眠気を覚ますコーヒーのように、
精神を引き締めてくれる。
ジョン・ライドンという男がいる。
この男の言葉で、忘れられない言葉がある。
セックス・ピストルズの音楽について質問された時の言葉。
「この15年で一番正直な音楽さ」
時として、真理の言葉というか、世界に残り続けるような言葉、
というものは思わぬところから発せられるものだ。
このとき、まだ20歳か21歳の若い男が残した言葉が
僕の中で消えなかった時は無い。
実は僕はこの言葉を間違って記憶していた。
「この15年で一番誠意のある音楽さ」
僕はそう覚えていた。
何故「正直」が「誠意」となったのかはわからない。
酔っぱらって聞いていたためなのか、何なのかはわからないが、
とにかくそう覚えていた。
そして、それを常に自問自答していた。
自分のやろうとしている音楽や創作、態度にそれはあるのか?
「誠意ある音楽さ」
と自分は答えられるのか。
ただそれだけを自分に問い続けている。ずっと。
その言葉を口にする度に、一瞬息をのむ。
目が覚める思いがするのだ。
「お前はそれでいいのか?」と自分に問う時、
僕はいつもその言葉を頭でつぶやく。
「それは誠意のある音楽なのか?」
自分の考えたフレーズ、
自分の出した音、
自分の今のこの演奏、
そこに誠意はあるのか?
「何となく、どうにかなる」という敗者の惰性で音を鳴らしてはいないか?
自分のハードル、最終ラインをずるずると下げ続ければ、
大抵の事はどうにかなる。
これいいだろう、と手を止める事は出来る。
誰も見ていない。
誰もとがめない。
投げ出す事も出来る。
それが自分の人生だから。
君がいいのなら、それでいいんじゃない?
皆、そういうだろう。
それは正しい返答だ。
だから、自分に問う。
自分の問題なのだ。
「それは誠意のある音楽なのか?」
「そうだ。」
そう答えるために毎日がある。
胸にナイフを突きつけるような言葉が好きだ。
それは眠気を覚ますコーヒーのように、
精神を引き締めてくれる。
ジョン・ライドンという男がいる。
この男の言葉で、忘れられない言葉がある。
セックス・ピストルズの音楽について質問された時の言葉。
「この15年で一番正直な音楽さ」
時として、真理の言葉というか、世界に残り続けるような言葉、
というものは思わぬところから発せられるものだ。
このとき、まだ20歳か21歳の若い男が残した言葉が
僕の中で消えなかった時は無い。
実は僕はこの言葉を間違って記憶していた。
「この15年で一番誠意のある音楽さ」
僕はそう覚えていた。
何故「正直」が「誠意」となったのかはわからない。
酔っぱらって聞いていたためなのか、何なのかはわからないが、
とにかくそう覚えていた。
そして、それを常に自問自答していた。
自分のやろうとしている音楽や創作、態度にそれはあるのか?
「誠意ある音楽さ」
と自分は答えられるのか。
ただそれだけを自分に問い続けている。ずっと。
その言葉を口にする度に、一瞬息をのむ。
目が覚める思いがするのだ。
「お前はそれでいいのか?」と自分に問う時、
僕はいつもその言葉を頭でつぶやく。
「それは誠意のある音楽なのか?」
自分の考えたフレーズ、
自分の出した音、
自分の今のこの演奏、
そこに誠意はあるのか?
「何となく、どうにかなる」という敗者の惰性で音を鳴らしてはいないか?
自分のハードル、最終ラインをずるずると下げ続ければ、
大抵の事はどうにかなる。
これいいだろう、と手を止める事は出来る。
誰も見ていない。
誰もとがめない。
投げ出す事も出来る。
それが自分の人生だから。
君がいいのなら、それでいいんじゃない?
皆、そういうだろう。
それは正しい返答だ。
だから、自分に問う。
自分の問題なのだ。
「それは誠意のある音楽なのか?」
「そうだ。」
そう答えるために毎日がある。
インスタントはエコロジーか。
2009/06/11 Thu [Edit]
「読まずにわかる『1Q84』」という見出しを最近よく目にする。
それでいいのか?
別にネタバレするような事はやめろ!とかそういうのだけではない。
(もちろんそれもあるのだが)
かくいう僕も『1Q84』を購入し、第一巻を間もなく読み終えるところだ。
それ、おかしいだろ!と本気で思うのだが、どうだろう。
「聴かずにわかる『ビートルズ』」とか、
「聴かずに知ろう、『ハードコア』」という事と同じだろう?
本を読まずにわかる。映画を見ずにわかる。
わかる、ってなんだ?
忙しい現代人は本を読んでる暇もないし、本も売り切れ続出だし、
二冊もあって全部読むのも面倒くさいけど、話題だから知っておこう、という
とても現代的なインスタントな感覚か?
でも、それってあまりにも末期的な感覚な気がして仕方ない。
そこまでして知りたいのか?それで「わかって」いいのか?と、思うし、
恥ずかしげも無く、そういう見出しをぶち上げるテレビも雑誌も意味が分からない。
いや、意味はわかるのだけど、わかりたくない。
「世の中どんどんお手軽になっていく」という現象には、
わりと客観的にいよう、と思っている。
時代や世界の変化に対しては、きちんと離れて眺めるように心がけている。
結論はすぐに出さないようにしている。
でも、これはひどいと思った。
そこまでやるか、と思った。
断っておくが、僕は別にハルキストではない。
普通に楽しんでいる読者の一人だ。
村上春樹はだいたい読んでるけど、熱狂的な読者でもない。
でも、ひどいな、と思った。
「わかる」という言葉が良くないのかもね。
あらすじを追って、結末を知る事が「小説を読む」という事ではないのに。
そこを勘違いしているのか?
もちろんあらすじと結末の素晴らしさで成り立っている小説もあるけど。
でも、それだけでいいなら、世界の全ての小説は原稿用紙一枚で済むはずだ。
そうしたら紙の量も減ってエコにもなるか。
そういうもんじゃないじゃん、と思うのだ。
「いや、僕はこの小説に関してはその程度でいいです」というのなら、
それはそれでいいや、と思うのだが、
それを公共でやるなよ、と思う。
こうやってブログにでもしろよ、と思う。
シャレたカフェで友達と話でもしながら話せよ。
「読まなくてもわかる『1Q84』、やってあげようか」って。
売り切れてるから、っていうなら、ちょっと待てばいいじゃん。
飛びついたヤツらがすぐに新古品みたいな値段で売りに出して、
すぐにたくさん出回ると思うよ。
それも待てないくらい忙しいですか。
本も映画も音楽も、
宇宙食みたいにコンパクトになるのかしら。
「この一粒で一日分の食料です」みたいに、
「このディスク1枚15分で五万枚分のアルバムです。」とか。
あ、でもマジでそうなりそうで、シャレにならんな。
手塚治虫さん、未来の世界はどんどん無駄も無く省エネになっていますよ。
いかがですか?
さあて、どうしようかね。
それでいいのか?
別にネタバレするような事はやめろ!とかそういうのだけではない。
(もちろんそれもあるのだが)
かくいう僕も『1Q84』を購入し、第一巻を間もなく読み終えるところだ。
それ、おかしいだろ!と本気で思うのだが、どうだろう。
「聴かずにわかる『ビートルズ』」とか、
「聴かずに知ろう、『ハードコア』」という事と同じだろう?
本を読まずにわかる。映画を見ずにわかる。
わかる、ってなんだ?
忙しい現代人は本を読んでる暇もないし、本も売り切れ続出だし、
二冊もあって全部読むのも面倒くさいけど、話題だから知っておこう、という
とても現代的なインスタントな感覚か?
でも、それってあまりにも末期的な感覚な気がして仕方ない。
そこまでして知りたいのか?それで「わかって」いいのか?と、思うし、
恥ずかしげも無く、そういう見出しをぶち上げるテレビも雑誌も意味が分からない。
いや、意味はわかるのだけど、わかりたくない。
「世の中どんどんお手軽になっていく」という現象には、
わりと客観的にいよう、と思っている。
時代や世界の変化に対しては、きちんと離れて眺めるように心がけている。
結論はすぐに出さないようにしている。
でも、これはひどいと思った。
そこまでやるか、と思った。
断っておくが、僕は別にハルキストではない。
普通に楽しんでいる読者の一人だ。
村上春樹はだいたい読んでるけど、熱狂的な読者でもない。
でも、ひどいな、と思った。
「わかる」という言葉が良くないのかもね。
あらすじを追って、結末を知る事が「小説を読む」という事ではないのに。
そこを勘違いしているのか?
もちろんあらすじと結末の素晴らしさで成り立っている小説もあるけど。
でも、それだけでいいなら、世界の全ての小説は原稿用紙一枚で済むはずだ。
そうしたら紙の量も減ってエコにもなるか。
そういうもんじゃないじゃん、と思うのだ。
「いや、僕はこの小説に関してはその程度でいいです」というのなら、
それはそれでいいや、と思うのだが、
それを公共でやるなよ、と思う。
こうやってブログにでもしろよ、と思う。
シャレたカフェで友達と話でもしながら話せよ。
「読まなくてもわかる『1Q84』、やってあげようか」って。
売り切れてるから、っていうなら、ちょっと待てばいいじゃん。
飛びついたヤツらがすぐに新古品みたいな値段で売りに出して、
すぐにたくさん出回ると思うよ。
それも待てないくらい忙しいですか。
本も映画も音楽も、
宇宙食みたいにコンパクトになるのかしら。
「この一粒で一日分の食料です」みたいに、
「このディスク1枚15分で五万枚分のアルバムです。」とか。
あ、でもマジでそうなりそうで、シャレにならんな。
手塚治虫さん、未来の世界はどんどん無駄も無く省エネになっていますよ。
いかがですか?
さあて、どうしようかね。
恐ろしや、80年代
2009/05/31 Sun [Edit]
デヴィッド・ボウイが好きだ。
『ベスト・オブ・デヴィッド・ボウイ』というDVDがあったので
レンタルして観た。
ボウイは、どの時期もだいたい好きだ。
でもカッコいい演奏!というと、やはりSpiders From Marsの時がいいなあ。
このバンドはとても好きだ。
ボウイが「カッコいいバンド」だったのはこの時代だけだなあ。
でも僕のベストアルバムは『LOW』です。
「何の話をしてるのか、よくわからん」という方は
”Ziggy Stardust and the Spiders from Mars”というキーワードで
YOUTUBEを適当に検索してくれると、きっと何かの映像が出てくると思うので
それを見てください。
気持ち悪い男たちがカッコいい演奏をしているはずです。
80年代のボウイについてはあまり多くを語れないのだが、
「MODERN LOVE」は本当に大好きな曲。
このDVDにはそのクリップも入っていたのだが、
やはり、恐ろしい事になっていて、
「80年代ど真ん中」な仕上がり。
久しぶりに見た、これ。
「MODERN LOVE」は、レオス・カラックスの『汚れた血』の中で、
ドニ・ラヴァンが夜の街を疾走するあのシーンをPVにしたい!
そのくらい、あの曲の使われ方はかっこ良かった!
でもここ数年の80年代ファッション流行もあるので、
「MODERN LOVE」のこのクリップも、僕の中では
やがてこれもオッケー、になり、違和感や失笑感が消えていくのかしら、
とぼんやり思う。
80年代ファッションのリバイバルはいつまで続くのかな。
あの蛍光色の組み合わせや、でかいスニーカーや、ビニールとかケミカルな感じ。
合成着色料的なファッションも、見慣れてくると「まあいいか」とも思える。
でも慣れてきた、という事はそろそろ違うファッションに変わるのかな。
きまぐれなファッションリーダーは今度は何を考えているのでしょう。
同じ80年代なら、
マイナースレットとかの方がいいなあ。
ブラックフラッグとか、バッドブレインズとかさあ。
個人的な趣味ですが。
でもマイケル・ジャクソンも、シンディー・ローパーも大好き。
節操のない僕。
しかし、マイケル・ジャクソンの裏にああいうのがゴロゴロいたと思うと、
80年代のアメリカのカオス感は尊敬に値します。
『汚れた血』も86年か。フランスもピリピリしてたのかな。
恐ろしや、80年代。
カオスだね、まさに。
『ベスト・オブ・デヴィッド・ボウイ』というDVDがあったので
レンタルして観た。
ボウイは、どの時期もだいたい好きだ。
でもカッコいい演奏!というと、やはりSpiders From Marsの時がいいなあ。
このバンドはとても好きだ。
ボウイが「カッコいいバンド」だったのはこの時代だけだなあ。
でも僕のベストアルバムは『LOW』です。
「何の話をしてるのか、よくわからん」という方は
”Ziggy Stardust and the Spiders from Mars”というキーワードで
YOUTUBEを適当に検索してくれると、きっと何かの映像が出てくると思うので
それを見てください。
気持ち悪い男たちがカッコいい演奏をしているはずです。
80年代のボウイについてはあまり多くを語れないのだが、
「MODERN LOVE」は本当に大好きな曲。
このDVDにはそのクリップも入っていたのだが、
やはり、恐ろしい事になっていて、
「80年代ど真ん中」な仕上がり。
久しぶりに見た、これ。
「MODERN LOVE」は、レオス・カラックスの『汚れた血』の中で、
ドニ・ラヴァンが夜の街を疾走するあのシーンをPVにしたい!
そのくらい、あの曲の使われ方はかっこ良かった!
でもここ数年の80年代ファッション流行もあるので、
「MODERN LOVE」のこのクリップも、僕の中では
やがてこれもオッケー、になり、違和感や失笑感が消えていくのかしら、
とぼんやり思う。
80年代ファッションのリバイバルはいつまで続くのかな。
あの蛍光色の組み合わせや、でかいスニーカーや、ビニールとかケミカルな感じ。
合成着色料的なファッションも、見慣れてくると「まあいいか」とも思える。
でも慣れてきた、という事はそろそろ違うファッションに変わるのかな。
きまぐれなファッションリーダーは今度は何を考えているのでしょう。
同じ80年代なら、
マイナースレットとかの方がいいなあ。
ブラックフラッグとか、バッドブレインズとかさあ。
個人的な趣味ですが。
でもマイケル・ジャクソンも、シンディー・ローパーも大好き。
節操のない僕。
しかし、マイケル・ジャクソンの裏にああいうのがゴロゴロいたと思うと、
80年代のアメリカのカオス感は尊敬に値します。
『汚れた血』も86年か。フランスもピリピリしてたのかな。
恐ろしや、80年代。
カオスだね、まさに。





