MOLICE戦記ll -A Record of “MOLICE BATTLE”  second edition-

"MOLICE"ギタリストによる、日々の戦いの記録

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ハノイ戦記 6

2010/06/24 Thu [Edit]

ハノイ三日目。
ライブを終えて、食べて、飲んで、
泥のように眠り、起きた。

今日いよいよ帰国するわけだが、
ハノイから成田への便は夜23時の一本しかない。
要するに今日一日は丸々空いているという事だ。
で、ハノイの空港で初日にであって以来、
すっかりお世話になっている方々に今日もハノイを案内して頂く事に!

まずは腹ごしらえ。
RIMG0160_convert_20100624211431.jpg
これ、料理のほんの一部。実際はこの三倍の種類の料理があった。
観光客ではなかなか入れないであろう、
地元の人が行くようなお店。
カイコの幼虫の揚げ物というメインディッシュがあり、
きちんと撮影もしたのだが、ここでは割愛させて頂く。
味付けはどれもおいしくて、朝からたらふく食べる。
フルコースのバイキングばりの食事で、
たしか一人200円くらいだったか?
「おいしいねー!」なんて食べた後に、お茶がでてきた。
クラッシュアイスたっぷりの500mlはあろうかという量。
「氷だけは避けるように!」とのガイドブックの警告をまたも正面突破する事に。
「氷が溶けないうちに飲めば大丈夫」というアドバイスを信じて、
ほぼ一気にお茶を飲み干す。


食後はコーヒー。ベトナムスタイルのコーヒーを頂く。
練乳がたっぷり入った素朴な味だった。
池袋で飲んだものより美味かった。
そのお店は何でもカトリーヌ・ドヌーヴが『インドシナ』の
撮影の時に訪れたお店だそう。
思わず撮影。
コーヒーを飲んでいる僕らの横で、
お店のご主人のご一家が飯を普通に食べていた。
RIMG0166_convert_20100624211656.jpg

市内観光。
これがかなり良かった。
写真は割愛するが、直立しているレーニン像を見る事が出来る国は
世界で今、どれだけあるのか。
国の英雄、ホーチミンの廟。
RIMG0191_convert_20100624211750.jpg
建国の父の終の住処はとても大きなスケール。
このエネルギッシュな国を導いた巨人、か。

道ゆくおばちゃんに果物を無理矢理売りつけれそうになったり、
恐ろしい熱さに倒れそうになりながら、市内観光満喫。
夜はおすすめの飲み屋で酒宴。
一日ハノイをたっぷり楽しみ、いよいよ帰国の途へ。
それにしてもこの時間までチェックアウトしなくてもいいなんて
なんて懐の深いホテルでしょう。
しかも空港までまた送って頂けるとの事。
皆にお別れをいい、名残惜しいまま出発。

空港までの道、ハノイの景色を楽しむ。
きっと次にくる時はまた全然違う風景になっているんだろうな、と
思わせるくらい、この国は変化のエネルギーに満ちている。
曇ってきた空がいきなり激しい雷雨に。
すさまじい稲光が空港に着くまでずっと続いた。

初日にも送って頂いた運転手の方に
最大級のお礼を述べてお別れ。
夜なのにすごい人。混雑。
搭乗手続きも無事終わり、一息。
飛行機に乗り込もうとしたら、
日本人のスチュワーデスさん?に
「昨日、ライブ見ました!」と声をかけられビックリ!
お礼を言いながら機内へ。
寝て起きれば日本、という事だね。
機内では『Japan Times』のために記事を準備。
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fm20100514a2.html

何だか変な気分のまま、ふわふわしたまま空を飛ぶ。

夜が明けて、あたりが白くなってきた頃、
成田に到着。
帰ってきた。

よく晴れた成田はかなり涼しくいい気持ち。
寝て起きたら日本、という感じが
何だか浦島太郎のような気分。
ほわーんとしたまま、高速道路で一路国分寺へ。
途中立ち寄ったファミレスで、
心行くまでお冷やを飲んだ。飲んだ。飲んだ。
水が普通に飲める、という事のありがたみを海外に幾たびに実感します。

お昼近くまでだらだらして、
メンバーを送り届け帰宅。
何だかその日は一日妙な時間が流れていた。

ハノイは本当に素晴らしい街だった。
その後、メンバー全員が一週間ほどハラが下りっぱなしだったという事実を差し引いても、
本当に素晴らしい体験をした。

僕らは、僕らの音楽に乗って、
また一つ旅をした。
今頃、ハノイで僕らのCDを誰かが聴いていると思うと、
また新しい音楽を創るエネルギーが湧いてくる。

第三日が終わった。
ハノイ・ツアーが終わった。
皆さん、ありがとうございました。
また会える日まで。


『ハノイ戦記』、了。



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ハノイ戦記 5 

2010/06/20 Sun [Edit]

真夏の昼下がりに昼寝する。
あの感覚が大好きだ。
うだるような中で、何度も目が覚める。
起きても起きても昼で、夢とうつつが混じりあうような、
心地よいダルさ。
いつの間にか日が暮れていて、夜に向かっていくのに
だんだん覚醒していく自分。
サイケデリックな音楽のようでもあるし、
ダブの低音の振動の様でもある。

ハノイのホテルの一室で
そんな感覚を味わいながら目を覚ました。
日も傾きはじめた。
これから我々のライブだ。
顔を洗って水を飲んで、ロビーに降りる。
皆と合流して、タクシーに乗り込む。
このたった一日半の滞在の中で、
この風景を何度見たかわからない。
静かにテンションが上がりながら会場へ。

会場は盛り上がっていた。
祭りだ。フェスだ。ステージの前には人だかり。
そこら中で色んな料理が売られていて、
ビールも山のように積まれていて。
DJのブースもあり。
そこら中に、世界中の人種の人がいる。
かなり良いテンションになってきた。

機材を確認。
制服を着たガードマンの方が、
しっかりと見張っていてくれた。感謝。
会場は元々公園のような場所で、ステージの脇には
色んな遊具があるのだが、
このフェスティヴァルで何が面白かったかというと
とにかく子どもがたくさんいた事!
ロックを聴いてアホみたいに酔っぱらって
盛り上がっている大人に混じって
たくさんの子どももいるのだ。
子どもは子どもでライブを見たり、
ジャングルジムで遊んだり、サッカーしたり、と
自分勝手に遊んでいるのだが、
何となく日本では忘れられたような
隔離・滅菌されてない子どもの姿を見た気がした。
たまに子どもと遊んだりして出番を待つ。

いよいよ我々の出演時間。
ステージに上がるとかなり気持ちよい。
思えばMOLICEはこれが初の野外ステージ。
サマソニも半分屋外のようなものだったが、
天井の有無の差は大きい。
いい具合に日が落ちてきて、出番としては最高の時間だなーと
大騒ぎしているお客さんを見ながら思う。
それにしても今回は電源回りは大成功だった。
持参したエフェクターはロンドンの時の倍以上だったが
(といっても日本での半分以下)
全く問題無かった!
セッティングして音を出すと、確かに昨日とは全く違う音環境。
可笑しくなって笑う。

できるだけでかい音でフィードバックを出す。
お客さんが本当に楽しそうだ。
新曲「レイチェル」からスタート。



45分のステージ。
こちらはおなじみの「アクティブ・イマジネーション」
Thank you,Tom!!



がっつり演奏して、引き上げようとしたら
MCの人が出てきて、何やらお客さんをあおっている。
なんとアンコール。
「時間厳守!」なんて言われていたのにいいのか?知らんぞ?
と思いながら、再びセッティング。
目の前にいた西洋人が
「わん もあ ジャーーンプ!」と僕に向かって絶叫。
ご期待に添えるようにでかい音とともにジャンプ。
「THE HAZE」で終演いたしました。

嘘か本当かわからないが、
CAMAフェスティヴァルの数年の歴史の中で
アンコールがかかったバンドは初めてだ!と後で関係者の方に言われる。
酔っぱらってのリップサービスかもしれないが
素直に喜ぶ。
何しろお客さんが本当に楽しそうだった。
それが本当に嬉しかった。

ステージからおりて汗だくのまま、
放心していると地元テレビ局のインタビュー。
今は何聞かれても答えられんな、と思いながら
ビール飲みながらへらへら笑って受け答え。
こんな映像が流れてもいいのだろうか?

その後もライブは続き、いろんな国のバンドが演奏していた。
屋台でいろんなご飯を買い、ビール飲んで
完全に「夏の祭り」を満喫。
いろんな国の人に話しかけられながら、
心地よく酔う。

まあ唯一の難点は水洗の壊れたトイレ。
筆舌に尽くしがたい惨状になっていたが
そこは触れないでおこう。
日本のトイレは間違いなく、世界一だと言う事だ。

楽しい時間が過ぎ、ライブも全て終了。
皆、余韻に浸りながら笑顔。
するといきなり全ての電源が落ちた。
どうやら御上からの「もう帰りなさい」メッセージ。
数分後明かりが再びつくとともに帰り支度。

その後は機材をホテルに置いた後、
関係者とともに打ち上げとの事なので、
地元のクラブへ。
夜中の営業はあまり認められていないそうなのだが、
なるほど結構いかがわしい感じ。
川のすぐそばのクラブなので、深夜でも大音量。
明かりもないほぼ真っ暗な河原で
メンバーたちと飲みながら今日を振り返る。

もはや関係者が誰かもわからず、
ぐちゃぐちゃになっているので、
そのまま河原でぼーっとしながらハノイの川や街を眺める。
個人的にはこの時間が何とも言えずよかった。
真夜中の、掘建て小屋みたいなクラブで、フェスの後に、
ぬるーいビールを飲みながら、
眺めているのはベトナムの川。
自分はいったい何者だっけ?

何が何だかわからなくなり、ホテルに帰る事に。
真夜中なのに、普通に若い女性も歩いているし
ここは不思議な街だ。
タクシーを探して歩いていると、
ちょっと若い奴らがわらわらと近寄ってきて、
お、やばいかな?と思ったが、結局何事もなく帰り着く。

ホテルでは丁寧な出迎えを受け、
部屋に戻る。
爆睡。

よいフェスだった。


第二日が終わった。









ハノイ戦記 4

2010/06/16 Wed [Edit]

朝だ。ハノイの朝だ。
日本のわが家よりはるかに大きな液晶テレビが設置されている部屋。
チャンネルを回して、何とか天気予報を探す。
文字は何にもわからないが、どうやら数字から判断するに
今日も40℃は越えるようだ。
運ばれた英字新聞に目を通す。読み切れる訳も無いが、
何となく読める言葉があるというのは嬉しい。
昨夜はベトナムで発行されている日本語フリーペーパー
『sketch』の方とも飲む事が出来て、
その方から頂いた僕らの記事が出ている今月号をペラペラとめくりながら
日本語を目にしてまた安心。

ロンドンに行った時にも感じた事なのだが、
日本人であるという事が、海外である程度の信頼を得る事が出来ているという事実。
ロンドンの地下鉄の券売機では日本語の表示もあった。
日本人は平和ボケしていて狙われるとか、
日本人は金の力にもの言わすとか、そういうネガティヴな見方もしていたが
実際に海外に出て感じた事は、
実にたくさんの先人たちが日本から海外に出て、
「日本人なら信頼出来る」というある種の関係を得るまでに
努力してきたのだという事実。
何万人という日本人が、何十年にも渡って築いたであろう開拓の歴史。
僕らはその日本人の先人達が踏み固めた道を歩かせて頂いているのだな、と
感謝の念すら覚える。

とにかく、朝食だ。
今日は本番、フェスティヴァルである。
現地の新聞にまでフェスの事は載っていた。
腹ごしらえにレストランへ。
ビュッフェスタイルの朝食。かなり豪華だ。
同じフェスに出るオーストラリアのバンドの方と出会い同席。
とても美味しい食事だったが、何となく水と乳製品はパス。
すると僕の正面で舌鼓を打っていたコヤマ氏が
「ああ。。」と声を漏らした。
何事かと思い目をやると、彼は食べ終えた骨を手に
「カエルだった。鳥じゃないんだね。」と。
深いと思って飛び込んだプールが浅かった、というような、
期待が失望に変わるでもない、でも何となく騙されたような、
そんな失笑に近い表情をしていた。
そのカエルは外でつかまえてきたんだね、きっと、という
シャレにもならないような冗談を飛ばしながら
コーヒーで閉める。

今朝は早起きなのだ。
それには理由がある。
事前に頂いた、十数ページにも渡る英語の関係書類にあったように
「当日の朝には、政府関係者立ち会いの元、最終のチェックが入る」
との事なのだ。
ここで難癖を付けられれば出演停止もあるのでは!?と
緊張して出かける。
タクシーで会場へ。

おお、やはり当日で会場は出来上がったか!と思ったが、
昨日とあんまり変わってない。
晴れた空の下、みんなが楽しそうに看板を設置したり、
配線をしている。
この時点で、気温は東京の真夏と同じくらい。
昨日と同様、全く段取りがわからぬままボケーッとしていると
現地のラジオの方に呼び止められ、
「MOLICEさんですよね?」という事になり、取材。
ひとつ二つと取材を終えるが、
一向に政府向けのリハが行われる気配無し。
というか他のバンドも来てないけど。
二時間ほどして、「政府の人、来ないってさー」と主催者に
フレンドリーに教えられる。
どうやら真面目にやってきたのは僕らくらいのよう。
日本人です、僕らは。真面目です。
「まあ出演時間の前くらいに来てくれればいいよ!」と肩を叩かれる。
出演は19時。あと8時間以上はある。
じゃあ寝てればよかったよねー、と心の中でつぶやくも
「ああ、わかりました!」と英語で元気にお返事。
途方に暮れていると、現地で知り合った方々が
ハノイを案内してくれるとの事。
折角なので観光に繰り出して、ホテルに一度戻って休んで、
ライブに備えよう!という素晴らしいプランが立つ。
機材一式は強面のガードマンさんに託して出発。
とにかくタクシーで往復しても何十円の話だ。
移動には事欠かない。
颯爽と街へ繰り出した。

やはり歩くのはいい。街の空気を感じながら、歩く。
これはあるお店。
何故か山と積まれた電流計・電圧計。
結局何に使われるのかわからずじまい。
RIMG0091_convert_20100616223959.jpg


『ザ・ベトナム』
RIMG0090_convert_20100616223916.jpg


街には子どもがたくさんいた。
で、働いているはずの年齢の大人も、路上で座って談笑。
この街の人々は何をして働いているのだろう?
RIMG0083_convert_20100616223839.jpg

とにかく街中がずーっと祭りの露店のような感じ。
腹ごしらえに念願のフォーを食べる。
付属の唐辛子を、牛丼の紅ショウガの感覚で入れたところ、激辛。
ひとかけらで十分なところを、十かけらくらい入れていた。
スープが丸ごと唐辛子になった感じ。
でも最高に上手かった!

全身汗だくになって、ハノイの
ポジティヴ・エネルギー・カオスを満喫。
ここもある意味、ものすごいパワースポットである。

一度ホテルに戻る。
水を5リットルくらいかって帰る。
何十円くらいかな。
とにかく汗、汗、汗。
たまらずまたシャワーを浴びて昼寝。

夜にはライブだ。
フォーの唐辛子が腹の中で燃えたぎっている。
まさにレッド・ホット・チリ・ペッパー、だった。

気絶するように眠りに落ちた。

二日目、夕方である。

ハノイ戦記 3

2010/06/14 Mon [Edit]

バイク、バイク、バイク。
そこら中がスクーターばかりだ。
カブもたくさん。二人乗りは当たり前。
カオスだ。
車と単車と、クラクションのカオスだ。
ずーーーーーーーーっと、クラクションが鳴っている。
今、ワールドカップでブブゼラという楽器の音が
話題になっているが、
あれを聴いていて、どこか懐かしく感じるのは
ハノイのおかげだ。
とにかく、クラクションが鳴らない日はなかった。
恐ろしいほど強引な車線変更とクラクション。
ただ不思議なのはそんなカオスがとにかく平和なのだ。
クラクションはあくまで相手とのコミュニケーションのツールのようで、
車も基本的には速度はそんなに速くない。
僕らが渋谷のスクランブルを無言で黙々とすれ違うような、
そんな感覚で車や単車が行き交うのだ。

ホテルへの道。
車窓からの風景は確実に異国のものだった。
あふれるようなエネルギーが地面から吹き出すように、
たくさんの建物が乱立している。
建物の上に建物が建ち、人がいる。
建物が生き物のようにさえ見えた。
そんな中に突如近代的なビルが生えていたり。
その隙間を行き交う人、車。
日本から来た僕らにはそんな人々の生活の風景が
カオスの極みのように見えたが、
そこには確実にエネルギーが満ちていた。

「この道は車は入れないよね」という道を
平気で進む送迎の車。
怪訝そうに車の中の僕らを覗き込む道行く人々。

車はホテルに到着。
そこでまた驚いた。
カオスの街の中にそびえる立派なホテル。
ボーイさんたちが次々と機材や荷物を運び出してくれる。
思えばロンドンではエレベーターもないホテルで
寒さに震えながらずるずると荷物を引きずったものだ。

いきなり支配人さんに歓迎を受け、
つたない英語で応対。
何でも4月に完成したばかりのホテルだとか。
「ベトナムのコーヒーですよ。いかがですか?」
なんて言われてコーヒーをすすめられ、
「結構なお味ですねえ。」なんて
くたびれたポロシャツスタイルで受け答え。
日本から来たロックミュージシャン、という事でおもてなしを受け、
プチ・セレブな気分を味わった。
案内された部屋は立派なお風呂と
フルーツなんかが置かれた素敵なお部屋。
荷解きもせず、「ふぁーーー」なんて背伸びしたが
同時にかなり不安になる。

さてこれからどうするのだ?
イベント関係者が空港に出迎えてくれるはずが
ホテルの方に送り届けられ、
そのホテルの方に「この後はどうされるんですか?」と聞かれ
「いやあ、まあ、ゆっくり休んで明日に備えますよ、ははは」なんて答えたが
この時点で「もしかしたらホテルの方がイベントの関係者と連絡取り合ってくれているのでは?」
というささやかな希望が打ち砕かれる。

確か今夜がリハーサルのはずだ。
今は17時半。
ともかく会場に行ってみよう、と話し合ったときに
部屋の電話が鳴った。
するとなんと受話器の向こうから日本語が。
なんとPAのオペレーターの方が日本の方で、
こちらに連絡をくれたのだ!

が、その方も何がなんだかわからないらしく、
会場にはいるがリハーサルがあるのかどうかもわからないとの事。
ますます不安になる。
とにかく行こう、という事になり
タクシーを呼んでもらう。
ところが運ちゃんには英語が通じない。
しかも行き先の『アメリカン・クラブ』を告げても
「知らないねえ。。」的な反応。
不思議なものだが、日本語が通じない事より、
英語が通じないという事の方がなぜか不安感を増大させた。
ホテルの方に英語からベトナム語に通訳してもらい
会場に向かう。
ここだ。ここが『アメリカン・クラブ』。

RIMG0031_convert_20100519190129.jpg

思いっきり、会場設営中だった。
地元のバンドと思しき連中がステージ上でリハーサル中。
といっても曲を演奏するでもなく、
何となく音が出ているだけ。
先ほど電話をくれた日本人のオペレーターの方にご挨拶。
リハーサルがいつ終わるか始まるかもわからないとの事。
この次が決まってる訳でもないそうなので、
とりあえず待つ事に。
ここでやっと主催者の方にも出会え、
空港で出会った日本の方にも出会え、
何とかなりそうな気がしてきた。

長ーい待ち時間の間に、
フェードアウトするように前のバンドのリハが終わる。
入れ替わりに僕らがステージに上り、セッティング。
さて、電源はどうだろう?
変圧器からパワーサプライにつなぐ、というアイデアは見事成功!
ディレイも何の不具合もなく、全ての機材が確実に働いた!

海外でやるというのはタフな環境である事は承知の上。
音環境が悪い事は全く気にしないのだが、
意思が通じないというのは大変だ。
モニター環境が悪いというより、
むしろモニターからの音の返りがデカすぎて、
音を下げてくれ、切ってくれ、と何度も頼むのだが通じない。
これはつらい。
モニターのオペレーターがベトナムの方だったゆえの出来事だったが
何とかリハ終了。
明日までには機材の組み替えをやるので、
また音が変わるとの事。
じゃあこのリハはあんまり関係ないんだねー、と
「ぎゃふん」な気分。

リハ後、主催者の方や関係者の方々と
地元の屋台に。
ガイド本にあった、
「いきなり地元の屋台で食べるとお腹壊すぞ!」の
注意書きを見事に正面突破する果敢な挑戦。
というか選択の余地もなく、歓待を受ける。
RIMG0043_convert_20100519190257.jpg

こんなところでした。普通に路上です。
いや、でも料理はうまかった。
ベトナムの料理は確かにうまい!
人肌の温度のビールでのどを潤し、
なし崩し的に解散。
地元で働く日本人の方にもお会いできて、
色々話も聞けて、明日のライブが楽しみになってきた!

タクシーでホテルへ。
丁寧なお出迎えを受けて、やっと部屋で休む。
ギターの弦を替え、大きなお風呂にどっぷり浸かって寝る。

何だか本当にハノイにいるのだな、と
不思議なふわふわした気分のまま、熟睡。

やっと、第一日である。



ハノイ戦記 2

2010/06/01 Tue [Edit]

空の上。
国際線ではもうお決まりのテトリス。
非ゲーマーの僕が唯一ハマっているゲーム。
ただしやるのは雲の上でだけ。
地上ではやらない。

本を読んだり、文章書いたり、音楽聴いたり、
テトリスやったり、というサイクルを何周か繰り返した後、
ふと「将棋」というゲームの存在に気付く。
子どものころはよくやった。
わりと強い方だった。早速挑戦。
「磨かない技術は錆びる」
これは真理。
5戦5敗。
着陸を前に最高にイラつく。
我ながら恐ろしく稚拙なミスを繰り返し、
すかさずコンピューターにつけ込まれ、
「まった!」も出来ず追い込まれて敗北。

いよいよ着陸。いつもながら逆噴射の音は大好き。
気分を変えて車窓ならぬ機窓を眺めると、
これはすごい!
明らかに世界が違う。
日本ではない。ヨーロッパでもない。
見慣れぬ植物。見慣れぬ建物。見慣れぬ文字。
土の色も、空の色も、アスファルトの色も違う。
赤い星の国旗。
我々はベトナムに着いたのだ。

とても静かな税関。
軍人のような係官に顔を確認され、
静かに入国。手続きは粛々と。
手荷物をまとめていると、
なんと同じイベントに参加するという方々に出会う。
ベトナムに住んでいたという日本人の方もいたので、色々と相談。
何だかホッとした。

ロビーに出る。
事前に頂いた資料によると、
女性の方が出迎えに来てくれているはずだ。
すると僕らが泊まるホテルのプレートを発見。
おだやかそうな男性。
僕を見ると、「リンコさんですか?」と質問。
「リンコではないですが、モリスです」と噛み合ない受け答え。
大丈夫か?いや、大丈夫だ。

通貨の両替。
1万円が200万ベトナムドン。
大量の札束。
これを使いこなす。どうやって?
大丈夫か?多分大丈夫だ。

外に出る。
初めてのベトナムの外気!
暑い!曇っているが、暑い!

不思議なモノだが、
空気にも何か温度とは違う、エネルギーが詰まっている。
無造作に停められている車の列。
行き交う人々。
確実に日本とは違う、ロンドンとも違う種類の
エネルギーがある。

空気の湿度のせいなのか何なのかはわからないが、
視界も違う。
確実に違う。
大丈夫か?大丈夫だ。

送迎の車に乗り込んだ僕のテンションはかなりあがっていた。


つづく。





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MOLICE戦記ll -A Record of “MOLICE BATTLE”  second edition-

プロフィール

TAKEDA YUZURU

Author:TAKEDA YUZURU
モリス
その音楽と戦いの記録、と。

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